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1行紹介

シュールの真髄見せてやる!!おまえはこれで笑えるか!?

自己紹介文

お笑いコンビ・早慶です!!
20才を越えてもいつまでもワルノリを続けるいかした2人組です!!

以下、早慶に関する記述をN-pediaから引用します。(一部加筆アリ)


早慶・・・マルチアクティブクリエイター

19年前にJリーグに入ろうと思ってサッカーボールを購入したものの車の下に入ってしまって取り出せなくなってしまった脚立コング(小林順)が途方に暮れていた時同時に、関東一帯を取り仕切っていたヤクザの親分の息子でブラブラして暮らしていたノーソウル加藤(市川恵一)も次男の隆の借金癖のせいで一家離散し、生きる希望を見失ってアパートで寝ていた所、何か気分が晴れそうな飲み物を買いにいくべくコンビニに向かう。両者は「一番新しいコーラ」を買うためにそこで出会うのだった。

二人は意気投合し、また近所に住んでいる事に気を良くし水曜と金曜は一緒に昼ご飯を食べる仲に。そこで偶然金曜日にフライが美味しい店で定食を食べていた所、向こうのテーブルで全裸で「野菜フライ定食」を食べながらトロンボーンの練習をしている迷惑な客を見てノーソウル加藤が「何だよアイツ。ヒドいな。ああはなりたくないな。」と言いそう思っていた脚立コングも「そうだな。」と返した。これが後に伝説になる早慶とエビゲイラのファーストコンタクトであった。

その後二人は早慶の前身になる「ロングタイツズ」を結成。当初はブリザート男を加えてトリオになる予定だったがブリザード男が諸事情により九州から出られなくなってしまったのでロングタイツズは二人で活動をスタート。脚立コングの「ご機嫌なしりとり」とノーソウル加藤の「音のしない拍手」が人気を得て関東を代表するお笑いコンビに。同時に原田エビゲイラも「保存料を使わない美味しい漬け物屋さん」として有名に。事務所の計画でこの両者を組み合わせて新しいメディアであるポッドキャストを使い「エビゲイラさ~ん、七時ですよ!」の構想が誕生。そのまま番組は製作。気象予報士になるためにエビゲイラさんが頑張る企画やエビゲイラさんのパイプカットの日記など体を張った企画とロングタイツズの「星占いまがいのもの」が人気を経て日本を代表する番組に。しかしノーソウル加藤が「バッハみたいな髪型にしたい」と脚立コングに意思表明。二人はコンビ継続は不可能と判断し、「エビゲイラさ~ん、七時ですよ!」のさいたまスーパーアリーナ公演アンコールの時にコンビ解散を発表。同時に番組も終わる事を告げるとそれを前々から感じ取っていたエビゲイラさんが自分の睾丸を一つずつもぎ取り早慶に渡し、励ましの言葉をかけた。そしてトイピアノの弾き語りでワム!の「ラストクリスマス」を熱唱。ロングタイツズ、番組は終了した。伝説の夜は幕を閉じ、ノーソウル加藤は打ち上げで急性アルコール中毒になりエビゲイラさんの陰毛をむしり取り意識を失う。この時の心境をエビゲイラさんは「あんな事もあるだろうと思ってたけど、本当にあるとはね」と語っている。

特にノーソウル加藤の髪型に変化もなく、ロングタイツズだった二人は退屈していた。そんな中、国民的バンド「もちもちブドウ」が解散し、尻モロコシ氏が二人にアプローチ。二人はもう一度奇跡を起こすべくコンビ結成。「そういや、計算してみたらそんなに難しくなかったよ」が口癖だった脚立コングのそれをノーソウル加藤が略し、早慶と命名。

その後ウキウキの前サイト「ヘリウムガス吸う」で尻モロコシ氏と共演。「水泳の授業でクラゲを簡単に倒す方法」や「猛毒をいかに早く中和するか」が人気を博す。その後尻モロコシ氏は芸術活動のためにヨーロッパに向かおうとするもタクシーが二日間通らず、出国を諦め国内で引き続き暮らす事に。しかしヨーロッパに向かう事を告げて既に「ヘリウムガス吸う」は終了。次のキャスティングが待たれている中、原田エビゲイラ氏を再度迎えてポッドキャストを始める事を早慶は決意。風邪気味のエビゲイラ氏やモノマネをしたりと面白くないエビゲイラ氏を存分に紹介するも「男性器がライオンの鳴き声のようになってしまう」性病にかかり死亡。享年39歳だった。

しかしながら、その1ヶ月後、エビゲイラ氏は何食わぬ顔で生き返る。そして、早慶のポッドキャストプロモーションツアー「空気が澄んでいて遠くまで見渡せるこんな日は小1時間ばかり金玉の話をしよう'07」に帯同し、広島に上陸する。そこでの収録で完全復活を遂げる予定であったが、想像以上にエビゲイラ氏がモチベーションを低下させていたため、早慶は彼の解雇を決意する。

そして2007年9月24日に脚立コングと2時間しか寝てないNソウル加藤(広島にて改名)によって行われたブタミーティングの結果、正式にエビゲイラ氏が解雇となり、第2期早慶としての活動を開始する。

第2期早慶としての最初の活動として2人は互いに各々のサイトでソロポッドキャストを展開させていく「早慶戦」を展開する。そんな中、脚立コングは朝の駅のホームで突如、エビゲイラと電撃的な再会を果たす。エビゲイラは久々に会った脚立に「K-1のビデオ持ってこい」しか言わず、某TSUTAYAに行くために途中で電車を降りる。この行動が脚立の逆鱗に触れ、エビゲイラ最大の個人情報とも言える大学でのあだ名がサイトに掲載されることとなる。

こういったエビゲイラのモチベーション低下に端を発した一連の問題を「エビゲイラ問題」と呼び、この問題の解決を図るため、早慶とエビゲイラ、そして脚立コングの私塾「アメリカ坂ゼミナール東校」の卒業生で、いわゆる早慶チルドレンと呼ばれている新世代型もやし栽培職人ヒロシ大魔王(現・オカヒロ文太)は「4者会談」という会議を開く。しかし、この会議は、脚立コングの思わぬ泥酔と、ヒロシ大魔王の「俺は小学校、国立だぞ!」という21世紀最大の名言が大きなインパクトを残してしまい、エビゲイラの「やる気のない続投宣言」は大した意味を持たずに終わることとなる。

その数日後、突如、mixi上での日記を全削除したエビゲイラに対し、Nソウル加藤が怒りの声明文を発表したことで、早慶とエビゲイラの関係は悪化する。又、同時期に脚立コングが「水洗トイレの正しい流し方教室」の開校を原因とした激務により、多忙となっていたため、更新が両サイトで滞る事態となる。これは「11月の悲劇」と呼ばれる。

事態を収束させるために、脚立コングがBUCK-TICKのスピードの歌詞を例に取るなどするが、一度悪化してしまった関係を回復させることは難しく、早慶はエビゲイラとの半絶縁状態に突入することを発表する。

このような形で突入したしばしのエビゲイラブロック期間を経て、Nソウル加藤はエビゲイラというキャラクターそのものは早慶の産物であり、これまでそのキャラクターとして活動してきたいしそやとう氏に帰属するもではないという考えを持つようになる。言わば、早慶が書いた原作小説をドラマ化する時にたまたま原田エビゲイラを演じたのがいしそやとう氏なわけであり、彼にエビゲイラというキャラクターを管理する権利は帰属しないということである。ガリレオにおける福山雅治なわけであり、「そう言われてみれば福山に似てるしなぁ」という理由で脚立コングもこれに納得する。

これを受けて、早慶の2人は新たな早慶プロジェクトの方向性を決める会議を開こうとする。しかし、そんな矢先、脚立コングが5日間、老人ホームに軟禁状態になってしまう。

老人ホームでの軟禁から解放された脚立コングは、TOEFL受験帰りに横浜にNソウル加藤を呼び出すなどして、ブタミーティングを頻繁に行う。しかしながら、ケンタッキーで注文した紅茶がうまくなかったため、会議は難航し、Nソウル加藤は自身のバンド「だいこんころがし」としての活動に力を注ぎ始める。

そんな2007年暮れのある日、毎年恒例の「早慶チベット」が開催される。ここで早慶はオカヒロ文太の鮮烈なデビューや“住宅街の不死鳥”ことティラミス敏明の活躍を目の当たりにし、更にはエビゲイラがこれまでにない好調ぶりを発揮したこともあり、番組の続行を決意する。

「早慶チベット」によりモチベーションを回復させた早慶は、2007年大晦日にTVKと合同で赤レンガ倉庫付近でカウントダウンイベントを行う。極寒の中、缶ビールを飲み続ける脚立コングと既に自宅で飲んできたNソウル加藤との絶妙な掛け合いで、華々しく激動の年を締めくくることとなる。カウントダウンイベント自体も、年明け後のエビゲイラ緊急出演などにより大成功に終わる。又、特別ゲストとしてズール越上氏も橋の上で登場している。

しかし、それ以降、それぞれが多忙を極めてしまい、なかなか収録が行われないまま一月近い時間が経過する。そして、1月末に久々の収録が行われるも、この時は前年度チベット王者のオカヒロ文太が参戦できなかったため、エビゲイラがメインゲストの枠を続投することとなる。これに怒ったリスナーによって、エビゲイラの家のブロック塀が7つ壊される事件が起こる。又、この頃、エビゲイラは家の周りに大量の糞を撒かれるという嫌がらせを受けるが、後にこれを収録内で「タコの仕業」と述べている。

2月に入り、脚立コングが河村隆一ライヴで豪雪に見舞われ、履いていた靴下を日本武道館に捨ててくるという事件を起こし、早慶は数週間の活動自粛を宣言する。しかし、2月13日をもってメインサイトのほうが1周年を迎えるため、早々に活動を再開するが、メインサイトの名称がNソウル加藤の就職活動上、そぐわないという理由から、名称を「早慶レイディオ」に一時的に変更される。それに伴い、「帰ってきた早慶セミナリオ」のほうも、動画配信をフィーチャーしたマニア向けサイト「早慶MANIA」に名称変更を行う。この時、契約上の手違いから、エビゲイラの本名がサイト名の欄に表示されてしまうというトラブルが起きている。

このようにして、サイトは華々しく1周年を迎えるが、ちょうどその頃、脚立コングは聾学校に2日間軟禁されてしまう。しかし軟禁から解放された後、脚立コングがデニーズでデザートを食べながら送ったメールによって、2月14日に1周年記念収録にして、早慶MANIA初配信収録「エビさん歩」が決行されることが決まる。この収録は当初、桜木町から港の見える丘公園まで脚立コングとエビゲイラが歩くという企画であったが、途中の中華街でNソウル加藤が打ち合わせ通りの乱入を果たし、3人で収録が行われる。特筆すべきは、この1周年記念イベントにおいて、初めてエビゲイラ以外のキャラの顔が公開されたことである。しかし、初公開に期待が集まったにも関わらず、脚立コングがサングラスを着用していたため、ファンの間では不満が爆発する結果となってしまう。